音楽と社会フォーラムのブログ

政治経済学・経済史学会の常設専門部会「音楽と社会フォーラム」の公式ブログです。

今年初の研究会、第24回研究会の内容をご紹介します!!

 2022年度、新学期が始まり、徐々に暑さを感じる日も多くなってきた今日この頃、みなさま、いかがお過ごしでしょうか

 

 今回は、2022年3月25日にオンラインで行われました、第24回研究会におけるご報告の内容を紹介させていただきます。

 

 井上貴子さん大東文化大学)による、

マカロニ・ホラーと音楽の奇妙な調和と不和」と題したご報告です。

 

 この興味深いテーマのご報告に際し、多くのみなさんにお集まりいただきました。ご参加いただいたみなさま、まことにありがとうございました。

 

 ご報告は、本当に数多くの音源を解説とともにご紹介いただきつつ進められました。楽しくも興味深く、さらには重厚な内容でした。

 

 以下にご報告の要旨を掲載いたします。

 

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          マカロニホラーと音楽の奇妙な調和と不和

 

                          井上貴子(大東文化大学)

 

 21世紀に入って、『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』といったアニメによって1980年前後に確立した近代ゾンビの進化系が大流行している。元来ホラー映画の典型的なキャラクターとして発展したゾンビの「人を襲って食い感染する」という性質は、新型コロナの急速な感染拡大、隔離と管理の必要性という今日の言論ともパラレルでもある。本発表は、近代ゾンビの確立に貢献したマカロニホラー(イタリアンホラー、イタホラ)の映画音楽の分析を通じて、恐怖を増幅するのに効果的な音楽について考察するものである。

 さて、ホラー映画に典型的なテーマ音楽やライトモチーフは、大きく分類すると、音の執拗な反復によって恐怖を増幅する「サイコ型」、子守歌や子供の歌、賛美歌風の歌などによって不気味さを演出する「ローズマリー型」、ミニマルミュージックの語法を取り入れた「エクソシスト型」、後期ロマン派フルオーケストラとワーグナー的ライトモチーフを特徴とする古典的ハリウッド映画音楽をベースとした「ジョーズ型」、恐怖映像には似つかわしくない美しく穏やかな音楽をつけることで異化効果や対照性をねらう「異化効果型」がある。全般的にみて、ホラー映画音楽にはミニマルミュージックと強い関係があり、古くは『サイコ』(1960)から21世紀の『ソウ』(2004)まで、いずれも執拗な音やフレーズの反復と言った音楽的特徴を共有する。この傾向はマイク・オールドフィールドの「チューブラーベルズ」が『エクソシスト』(1973)のテーマ曲に選ばれ、大ヒットしたことにより定着した。

 イタリア映画と言えば、1940~50年代のネオレアリズモ以降1980年代までは世界的な映画賞受賞作品が多かったが、1960年代には職人監督の手による低予算のマカロニウェスタンが大流行した。その衰退に伴い、職人監督たちは、グランギニョール的見世物を強調したジャッロと呼ばれる血みどろサスペンス・スリラー映画に進出、そこからマカロニホラーが発展した。その最盛期は1970~80年代で、90年代に入るとイタリアの映画産業自体の衰退に伴い、製作本数も著しく減少する。マカロニホラーの代表的ジャンルとしては、アメリカのスプラッター、スラッシャーに相当する「ジャッロ」、ジョージ・ロメロ監督『ゾンビ』(1978)のヒットに便乗して大量生産された「ゾンビ」、『ジョーズ』(1975)に触発された「生物パニック」などがある。この他にマカロニホラー独自の分野として、ヤコペッティ監督『世界残酷物語』(1962)に代表されるモンド映画の「やらせ」ドキュメンタリー、文明人と裸族が出会うカニバリズム映画にみられるモキュメンタリーがある。さらにブラックエマニュエル・シリーズに代表されるようなホラーとポルノの安易な合体も特徴的である。

 マカロニホラー映画音楽の特徴は、まず、どんな注文にも応じる万能タイプとどんな注文にも自分のストックの範囲内でのみ応じるタイプという二つの異なる職人気質の映画音楽作曲家が存在することである。第二に、低予算のためフルオーケストラも使えなければ、全身全霊で取り組めるものでもないため、パクリと使いまわし、自分の音楽ストックから適当に選んで垂れ流すことになる。そのため、従来のホラー映画のヒット作と似た作風の音楽、特にエクソシスト型の音楽が多い。しかし、残酷映像と美しい旋律の組み合わせをテーマ音楽として用いる異化効果型の音楽はイタリアがルーツともいわれる。

 では、マカロニホラー映画音楽の代表的な作曲家を挙げてみよう。マカロニウェスタンの代表作『荒野の用心棒』(1964)の大ヒットによって頭角を現したエンニオ・モリコーネ(1928~2020)は多作家で、どんな種類の音楽でも器用に自作できる職人気質の作曲家である。1960~70年代にはB級映画の音楽を多く手掛け、マカロニホラーにも多大な貢献をなしたが、後にハリウッドに進出しアカデミー賞作曲賞を受賞、世界で最も偉大な映画音楽作曲家の一人とされるまでになった。『サスペリア』(1977)の大ヒットにより、マカロニホラーを代表する監督となったダリオ・アルジェント監督が見出したのが、プログレッシヴロックバンド、ゴブリン (1972~)である。代表作には『サスペリア2/紅い深淵』(1975)、『サスペリア』、『ゾンビ』(1977)等があり、ミニマルミュージックを取り入れたプログレッシヴロックというエクソシスト型の音楽が特徴である。リズ・オルトラーニ(1926~2014)は、モンド映画世界残酷物語』のテーマ曲「モアMore」がグラミー賞を受賞したことで頭角を現した。その特徴は極端な異化効果にある。残酷シーンや恐怖映像に美しい旋律をもったテーマ曲を提供することで異化効果をねらう方法は、オルトラーニが先駆者だといわれている。

マカロニホラー映画のテーマ音楽はいかにして恐怖を増幅してきたのか。その最大の音楽的特徴はエクソシスト型と異化効果型である。ゴブリンに代表されるエクソシスト型は映像と音楽の「調和」を目指すものであり、執拗な反復フレーズの刷り込み効果によって恐怖があおられるという典型的なスタイルをもつ。この手の音楽は1960~70年代に流行して以来すっかり定着し、21世紀も使用され続けている。一方、オルトラーニの異化効果型音楽は、恐怖映像とは対照的なイージーリスニング風の音楽によって「不和」を表現する。そのため、映画から独立して演奏されると恐怖映像には簡単に結びつかない。通常、異化効果型は、予定調和的なテーマ音楽やライトモチーフがすでに存在し、それに対抗して用いることによって効果を発揮するが、オルトラーニはこの関係を完全に逆転させている。

 では、ミニマルミュージックとプログレッシヴロックの組み合わせが、恐怖を増幅するのに効果的な音楽として定着したのはなぜだろうか。ロックバンドは小規模編成のため、低予算で効果的な音楽を制作することが可能である。マカロニホラーは映画界の周縁に位置する異端の存在で、そもそもニッチなマーケットをねらって制作されている。  ミニマル的プログレの使用によって、映画界の主流である古典的ハリウッド映画のロマン派趣味から、安価で容易に差別化することが可能である。その音楽的特徴を一言でまとめるなら、「理性」を代表する機能和声音楽対「野蛮」を代表するアジアやアフリカ音楽の二項対立を、娯楽音楽職人的発想で脱構築したものだと言えるかもしれない。

 


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 以上です。

 

 井上さん、お忙しい中、お疲れ様でした。そして、まことにありがとうございました!