音楽と社会フォーラムのブログ

政治経済学・経済史学会の常設専門部会「音楽と社会フォーラム」の公式ブログです。

第12回研究会の内容を掲載いたします!

 九州地方が梅雨入りしました今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。音楽と社会フォーラム事務局です。


 2015年3月28日(土)、午後2時より東京大学本郷キャンパスで行われた第12回研究会におけるご報告およびディスカッションの概要が届きました。ご報告者の松本奈穂子さん、まことにありがとうございました。以下に掲載させていただきます。


********************************


音楽と社会フォーラム 「オスマン朝の楽譜」 報告

遅くなり申し訳ございませんが、発表の報告をいたします。
 
 今回発表の場をいただきましたのは「オスマン朝の楽譜」についてです。採択中の科研テーマ「19世紀末から20世紀初頭におけるトルコの音響文化」における研究成果の一部をご紹介させていただきました。
 はじめにトルコ文化の重層的な歴史的背景について触れた後、楽譜の記載事項の理解に必要な旋法(マカーム)・音列・リズム型(ウスール)などのトルコ古典音楽理論の骨組みを簡単にご紹介しました。
 トルコ古典音楽は基本的には現在でも口頭伝承を旨としますが、音楽院などでの教育では五線譜も併用されています。19世紀以前にはアラビア文字の並び方にあわせて右から左へと五線譜上に音符を記した17世紀のアリ・ウフキー(1610-1675頃)の楽譜や、カンテミルオウル(1673-1727)、ハンパルスム・リモンジュヤン(1768-1839)らをはじめとして文字譜などで作品を紙面に記録する試みがいくつかありましたが、そうした楽譜が伝承の中心となることはありませんでした。
 五線譜の導入が本格的に始まるのは、1826年マフムト2世によりメフテル(オスマン朝の伝統的な軍楽隊)が廃止され、西洋式軍楽隊が導入されると同時に西洋音楽教育も開始されてからのことです。楽譜出版が始まるのは1970年代以降で、初期の楽譜はピアノ演奏用に多声化された、西洋音楽とトルコ古典音楽の折衷型とも言えるものでした。これらは基本的にピアノを所有する富裕層が購買対象であり、トルコ古典音楽の伝承のために用いられたものではないと考えられます。
 当初五線譜上には記されていなかった微小音程の考案は1893年より発刊の『マールマート』誌付録楽譜47号裏表紙記載にも見られるように、徐々に行われていきました。トルコ民族主義が高まる20世紀に入ると単旋律の楽譜が多くなり、五線譜をトルコ独自の文化に改変する試みが見られ始めます。トルコ古典音楽の名曲をできるだけ正しい伝承に基づいた形で五泉譜上にとどめようという意図は1917年設立の旋律学校内のラウフ・イェクターを代表とした編纂部門により後に出版されはじめる『旋律学校全集』に結実されていきます。
 こうした変遷を持つオスマン朝の楽譜からは、西洋音楽とトルコ古典音楽の様々な折衷形態を見て取ることができます。両者の共存は教育や上演の場でも見ることができ、音楽学校の教育プログラムや演奏会曲目、演劇を中心とした興行ポスターの演目に両者も併存している例が多数認められます。こうした教育指針や演目などとともに楽譜の変遷も見ていくことで、西洋音楽がトルコの伝統音楽とどのような相互影響を与え合い、社会的にどのような近代化や西洋化、民主化と結びついていったのかをさらに検討していきたいと考えています。
 また、楽譜を検討する過程で多く目にした曲種である行進曲も、スルタンを称揚するものから後にトルコの初代大統領となるムスタファ・ケマル・アタテュルクを謳ったものなど、作曲年によって権力の移動や民主化、近代化の波を見ることができる点から時代を写す鏡としての機能がある極めて重要な曲種の一つであると考えており、さらに研究を進めていきたいと考えています。
 参加人数は少なかったのですが、アラブ音楽の粟倉宏子先生、アゼルバイジャン音楽の浦本裕子先生など西アジアご専門の方々にもおいでいただくことができ、たいへん心強いサポートをいただきながら発表を進めることができました。トルコ語の創出プロセスや現代トルコが抱えるマイノリティ問題、トルコ共和国が内包する西洋的要素の数々などにも話題が広がりました。
 微小音程を五線譜上に示すシステムに関するインドとトルコとのアプローチの差や、第一次大戦中に設立された旋律学校の経済的基盤などに関わる、様々なご専門の方々からの多様な視点からのコメント、ご質問に、改めて考えるべき余地がまだまだたくさんあることを実感させられ、たいへん良い機会を与えていただけたと心より感謝しております。お集まりくださいました皆様、本当にありがとうございました。引き続きご教示賜われれば幸甚です。どうぞよろしくお願い申し上げます。  (松本奈穂子)