第22回研究会の内容をご紹介します! ―その2 第3報告について―
肌寒い日が続いております今日このごろ、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
今回は、東京大学本郷キャンパスにおいて、2019年9月28日(土)14時より行われた第22回研究会における第3報告の内容をご紹介します。
井上貴子さん(大東文化大学)による「インド系諸語における音楽関連用語とその解釈をめぐって」と題したご報告でした。
以下にご報告の要旨を掲載いたします。井上さん、まことにありがとうございました!
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インド系諸語における音楽関連用語とその解釈をめぐって
現代インドで「音楽」「音楽と関連する芸能」を表す最も一般的な用語は、サンスクリット語の「サンギータsaṃgīta」である。接頭語saṃは完全、統合などの意、ギータgītaは歌、声楽、ガーナgānaは歌うこと、歌を意味する。そのルーツは、詠唱を目的として韻律を整えられた聖典『サーマヴェーダSāmaveda』とされ、その詠唱はサーマガーナSāmagānaとも呼ばれて古典音楽のルーツとされる。詠唱法に関する文献はシクシャーśikṣā(音声学)と呼ばれ、後3~5世紀頃に成立した『ナーラディーヤシクシャーNāradīyaśikṣā』には、今日の音楽理論に通じる7つのスワラsvara(音階音)が登場する。
11世紀頃成立したナーラダ著『サンギータマカランダSaṃgītamakaranda (音楽の大海)』が「サンギータ」をタイトルにもつ現存する最古の文献とされる。13世紀に成立したシャールンガデーヴァ著『サンギータラトナーカラSaṃgītaratnākara (音楽の大海)』はサンギータを包括的に扱った文献で、「サンギータはギータムgītaṃ(歌唱)・ヴァーディヤムvādyaṃ(器楽)・ヌリッティヤムnṛtyaṃ(舞踊)から成る」と定義づける。サンギータを扱うサンスクリット語文献の各章には必ず音楽と舞踊の両方が含まれ、日本の「歌舞音曲」と同様の意味で用いられたと考えられる。
サンギータ概念成立以前では、3世紀頃成立したヴァーツヤーヤナ著『カーマスートラKāmasūtra(性愛経典)』に、上流階級がたしなむべき64のカラーkalā(技芸)が示される。その中で最初に登場するのが歌唱、2番目が器楽、3番目が舞踊である。3~5世紀頃成立したバラタ著『ナーティヤシャーストラNāṭyaśāstra』では、天界の楽師ガンダルヴァが人間界にもたらした音楽を「ガーンダルヴァgāndharva」と呼び、スワラ、ターラ(リズム)、パダ(歌詞)から成ると記される。6~8世紀頃成立したマタンガ著『ブリハッデーシーBṛhaddeśi(偉大なデーシー)』には、音楽の成立過程としてドゥワニdhvani(音)→ナーダnāda(楽音)→シュルティśruti (22の聞き分けられる音)→スワラ(7 つの音階音)→グラーマgrāma(基本音階)→ラーガrāga (旋律の法則)の順が示される。
紀元前後頃に成立した『ナーダビンドゥ・ウパニシャドNādabindu Upaniṣad(楽音の真髄のウパニシャド)』によれば、ナーダは息と火の組合せから生じ、人間の耳で聞こえる他人と共有可能な外的な楽音アハタahataナーダと、自己の内部に生まれる共有不能な内的な楽音アナハタanahataナーダの二種類がある。ナーダヨーガとは、心身の統一を目的としアナハタナーダの観想を通じて瞑想するヨーガである。
20世紀に成立した英語の音楽教科書、サンバムールティ著『南インド音楽 Book 1』には、サンギータから舞踊が抜け落ちたと記され、アハタナーダは人間の意識的な努力で出る音、アナハタナーダはヨーガ行者のみに聞こえる音、ナーダブラフマはナーダを体現する「神」と説明される。以上、音楽と舞踊を切り離すことで、「サンギータ」=「音楽」という理解の枠組が成立したが、物理的に存在しない音を想定し、それを高位の精神性に結び付けるという思想的特徴は、今日まで維持されているのである。
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