政経史学会秋季学術大会におけるパネル・ディスカッションについて その1
いよいよ師走が近づいてまいりましたが、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
すでにお知らせしましたように、10月20日(土)・21日(日)に一橋大学で開催された政治経済学・経済史学会(政経史学会)秋季学術大会の2日目の21日(日)の13:00〜15:30、本館2階26番教室 において、本フォーラム主催のパネル・ディスカッション「音楽をとりあげる政治経済学的意義」が行われました。
本ブログでは、今回からしばらく、大変興味深い議論が展開したこのパネル・ディスカッションの内容を紹介させていただきます。
第一弾の今回は、河村徳士さん(城西大学)による本パネルの趣旨説明の要旨を掲載したします。
原稿をお寄せいただいた河村さん、まことにありがとうございました。
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趣旨説明要旨
河村 徳士(城西大学)
本パネルの目的は、音楽を社会科学的な問題関心に基づいて考察するとき、どのような論点が重要になるのかということを論じることにある。文化史あるいは芸術史として音楽それ自体の歴史的な意義を問うことは重要な研究ではあるものの、このような研究素材が政治形態のあり方を論じる関心、および産業構造の変化を重視しながら社会変容を議論するような経済史の関心に即しても大切であることを導き出す試みである。
第一の論点は、個々人の私的な存在意義が強まる近代社会においては、近代化の過程にまきこまれた、あるいは国家に帰属意識を抱いた、さらには何らかの諸運動に駆り立てられたといった人々の統合過程において、音楽が果たした役割が重視できるのではないかというものである。ただし、人々の統合に音楽の役割が期待され一定の効果があったとするこうした諸研究の多くは、歌詞を分析対象とする限界を抱えていたと考えられる。音が聞き手に与えた意義を分析対象とすることは難題であり、間接的な方法として歌詞などを題材に文字資料あるいは言葉の役割から音楽の意義が考察されてきたと考えられるものの、音が持つ意味を改めて思考の対象に加えながら音楽の役割を再考するきっかけを得たい。
第二に、複製芸術として音楽の商品化が進んだことも近代の特徴であった。とりわけ音楽産業は、選択的なあるいは個性的な消費需要が増した時代的な特質を浮かび上がらせるうえで重要な産業の一つであることを意識して歴史的な分析を進めることを重視したい。音楽消費について供給側の創造と制作の過程にも注目し第一の点と対比させて論点を探れば、音楽産業の発展は非作為的なあるいは草の根的な音楽の需要と創造とによって促された点も重要であろう。電子工業技術の応用は、様々な記録媒体や再生装置を登場させ―レコード、CDなど―、さらには録音技術の向上によってポップスやロックミュージックなどの新しい表現行為あるいは素朴なかつ私的な表現行為を可能とした。多様な音楽の供給と需要が展開される条件は電子工業の発展を背景として充実していったと考えられる。
第三に、心の欲望に関連させて、第一及び第二の点にわたる論点を加えると、作為的な音楽の利用および草の根的な音楽の創造と需要、双方の過程において、音という人の感性に訴える独特な音楽の役割が特殊な共感を導き出した可能性が考慮できる。社会主義運動の影響を強く受けたうたごえ運動は、意図せざる結果として素朴なあるいは自然発生的な合唱行為を拡散させ、1960年代後半以降に展開された様々なロックミュージックの商品化は、ジャンルという枠組みを介しながら創造者と聴衆のみならず聴衆同士のコミュニティの形成を促していった。こうしたコミュニティの形成は、近代社会において人と人とのつながりを、感性を介して実現すると同時に、創造の新しい可能性を模索する苗床として機能し音楽産業の発展をも後押ししたのである。