音楽と社会フォーラムのブログ

政治経済学・経済史学会の常設専門部会「音楽と社会フォーラム」の公式ブログです。

フォーラム設立趣意書

                政治経済学・経済史学会
             音楽と社会フォーラム設立趣意書

趣 旨
 人々が音楽を享受し、音楽経験を積み重ねるそのありかた自体は多様なのだが、これまでの音楽研究では、それらの経験は芸術の神話的自明性に回収されるか、あるいは「芸術のための芸術」という閉じた美学的イデオロギーの内部の現象として扱われることが多かった。このフォーラムは音楽およびその周辺現象に社会科学の光を当てることにより、音楽研究の最先端を開拓するとともに、政治経済学や経済史学の最前線を拡張することを目的とする。こうした課題意識はこれまでにも、多くの音楽学者や音楽を愛好する社会科学研究者に共有されてきたのだが、それを可能にする手段が確立しなかったために、個人的な関心にとどまり、集団的な知的営為が生成しないままに長い時間が流れてきた。
 従来の音楽研究は、19世紀ヨーロッパで成立した「音楽学」の理論と方法に依拠して、楽譜というテクストを内在的に読み解き、その様式を明らかにすることを主要な課題としていた。こうして音楽学はテクストを読むための特殊な理論体系として発達し、著しく専門化された分野とみなされるようになったが、他の研究分野との有機的な交流を可能にする方法的・概念的な彫琢は進まなかった。
 むろん、マックス・ウェーバーを皮切りにアドルノブルデューなどの著名な社会学者は、音楽と社会との関係に焦点をあてて、両方に共通する論理の析出を試みてきた。近年ではさらに、これらの研究方法を批判的に継承し、音楽を人間社会が生み出したさまざまな「文化」現象の一つとして捉えることから、従来の音楽学の枠組にとどまらない学際的な研究が増加しつつある。
 とはいえ、音楽という鳴り響く音響としてのテクストは特殊な存在であるという、究極の「芸術神話」を解体することは難しく、音楽研究に他のさまざまな学問分野の方法論を応用するためのさまざまな試行錯誤はあいかわらずばらばらになされている状況である。社会学以外には、文化人類学や文学や美術などとの関わりやパフォーマンスの側面に光をあてた研究では一定の成果がでているものの、政治経済学・経済史学の知見を音楽研究に応用するための確たる指針は獲得されておらず、個別具体的な音楽を成り立たせている文化的社会的背景について語ることはある程度可能でも、社会現象としての音楽をとりまく状況と音響現象としての音楽それ自体の両方を同時に解明するには、方法論的にさらなる工夫が必要だと思われる。また、近年では多くの人々に聞かれているにもかかわらず、音楽学と社会科学のいずれの光も当てられないままに放置されてきたヘヴィ・メタルゲーム音楽のような広大な音楽空間が残されているし、過去にも、ナショナリズム帝国主義・労働運動・社会主義の培養器の役割を果たした大衆歌謡の領域の大部分は未踏のまま残されている。
 以上のように不満足な研究状況に鑑み、このフォーラムでは、音楽産業・娯楽産業、音楽市場、音楽とイデオロギー、音楽と文化政策・行政、消費社会と音楽、音楽と共同体といった、これまでの音楽研究の中で焦点化されてこなかったテーマに積極的に取り組むことを通じて上述の目的に迫る。その過程でこうしたテーマに取り組むための研究方法を模索し、音楽研究の新しい可能性を探ることが可能となるであろう。

当面の活動方針
 当面は、まず何よりも、音楽と社会の関係について孤独に考察を試みてきた研究者の関心と知見を共有できる場を提供するために、以下の活動を行う。①さまざまな機会を利用して、年間数回程度の研究会を開催し、関心・方法・成果の共有をはかること。②メーリング・リストなどを利用して日常的に意見や情報を交換すること。③政治経済学・経済史学会その他関連学会でパネルを開催し、フォーラムの研究成果を披露するとともに、学会内外の関心のある方々と開かれた討論を行うこと。

2011年4月9日

世話人(五十音順)
 井 上 貴 子(大東文化大学):フォーラム代表
 小野塚 知 二(東京大学
 枡 田 大知彦(立教大学):フォーラム事務局
 松 本   彰(新潟大学
 山 井 敏 章(立命館大学